初夏めいてくる。
筑後地方のクリークでシマヘビが泳いでいた。
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対岸にあがりたそうなのだが、水際でコンクリートが
立ち上がっているのか 目指すところで上陸できず
適当な上陸地点を模索している。

サンライズ出版さんから新刊案内をいただく。
こちらは滋賀県の歴史・自然について
いつもいきいきした本を出されている。
ホームページをみていて情報誌Duet
は特集記事がネット上で読めるのに気がつき渉猟する。
どれもすごくおもしろい。
「丸子船復活」という座談会にはまりこむ。
http://www.sunrise-pub.co.jp/duet-vol82/#more-236

実は去年の秋 スギ岡さんとあさひろ先生が
「飫肥杉は和船用材として有名だけど今は建造されているのでしょうか」
と話しているのを傍で聞いていてはじめてスギで船がつくられると知った
くらい。

また「月刊杉」でも和船と釘について読者の質問があったなど
なんとなく船と材に関心が刺激され続けていた。
質問 http://www.m-sugi.com/44/m-sugi_44_matsui.htm
回答 http://www.m-sugi.com/45/m-sugi_45_matsui.htm

一昨年琵琶湖をはじめてみたとき
対岸への定期運行線はないのか
広重の版画に見るような帆をかけた和船の観光船は
ないのだろうかと思っていたが、
ここで和船の復活にかけたドラマが語られている。

復活(修繕)を引き受けた大工さんが語る
「乗りかけた船からは下りられんからね」
そのとおりだ。

子供のころ百メートルほど対岸までの
渡し舟でさえ乗ったらの向こう岸に着くまで
降りられなかった。

さおや櫓で操られていた木造舟は
地元の通勤、通学の足だった。
干潟に通じる河口部だったので潮が引いた時間は休憩。
町に通じる橋が改修されたころ乗る人は減った。
そして船がエンジンのついたプラスチック船となり
ついには市の嘱託だった船頭さんの
定年とともに渡し舟の運行は終わったのを
思い出す。

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【しばりん】